※2026年10月の試行を振り返った記事です。販売や顧客向けサービスの提供で利益を出した実績ではなく、企画を絞っている段階の話です。
AIを使って、何か収益につなげられないか。
そう考えることはあります。ただ、自分が今したいのは、いきなり大きな事業を背負うことではありません。まずは、普段使っているAIの維持費ぐらいを回収できたらいい。
そんな感覚でAIに案を出させ、別のAIにも見てもらっていました。最初はサービス寄りだった話が、採算や責任について批評を重ねるうちに、売り切り型のコンテンツへ寄っていったんです。
今回は「AIで簡単に稼げる」という話ではなく、AIに出してもらった案を、自分が試せる形へ絞るまでの話です。
案を出すAIと、自分の事情を知るAIを分けてみた
今回、案を出す側には、自分の細かなコンテキストを持たせずに考えさせていました。その案を、自分の事情を参照できる別のAIに監査してもらう。さらに、出てきたアイデアを厳しく批評するチャットも使いました。
なかなか嫌な上司を、わざわざ自分で用意している感じです(笑)。
ただ、全部に同じことを聞いて賛成票を集めるのとは少し違います。案を広げるところと、自分に当てはめて見直すところが分かれていました。
「誰かにはできそうな案」と「今の自分が引き受けられる案」は、同じとは限りません。自分が何をしたいのか、どこまで背負いたいのかが入ると、見るべきところも変わります。
もちろん、コンテキストを分けたから案の質が上がった、と比較して証明したわけではありません。今回は、その組み合わせで企画を見直していた、という経験です。
「それ、採算取れるの?」を繰り返すと、残る案が変わった
最初は、何かをサービスとして提供する方向の案でした。でも、そこに「それで採算は取れるのか」「自分が責任を負える範囲でできるのか」という問いを重ねていくと、話が変わってきました。
作るところまではAIと進められそうでも、提供した後まで考えると、軽く始めたかった話が本業に近い重さになりそうなんですよね。
以前から自分は、トラブルが起きた時に説明や対応ができるのか、というところで止まりがちでした。今回は、その不安を抱えたまま終わるのではなく、出てきた案に当ててみた。すると、残す方向が売り切り型のコンテンツへ寄っていきました。
批評で減ったのは、アイデアの数だけではなく、自分が今から背負おうとしていた範囲だった。 今のところ、そんな感覚があります。
ただし、サービスは全部無理だとか、売り切りが誰にとっても正解だとか、そういう結論ではありません。今の自分の目的と、引き受けたい範囲で絞った結果です。
厳しいAIが言ったから、正しいわけでもない
ここで一つ気をつけたいのは、厳しい批評にも流される可能性があることです。
褒められると案がよく見える。でも、もっともらしく叩かれると、今度はできることまで無理に見えてしまうかもしれません。厳しい口調と、指摘が正しいことは別です。
例えば「採算が取れない」と言われた時も、費用を計算してそう言っているのか、売れる見込みがまだ分からないだけなのかでは、次に確かめることが違います。
これは、今後の批評でも分けて見たいところです。今回、採算を実測して案を落としたわけではありません。AIの否定を結論として集めるより、自分が何を確認すれば判断できるのかを残したい。
売り切りに寄った先にも、まだ確認することがある
方向を絞ったあと、ゲームの案についてGrokに相談していたら、簡素な動くモックを作り始めました。見た目を作り込んだ完成品ではありませんが、試したい動きが形になった手応えはありました。
ただ、動くものができたことと、人が遊んで面白いと思うこと、買ってくれることは別です。まだ販売で確かめた話ではありません。
売り切り型でも、不具合への対応や、何を提供するのかの説明は残ります。「売ったら後は知らない」で済む形を探しているわけではないです。
次に確かめたいのは、絞った案が、実際に小さく作って人に見てもらえるところまで進むのか。批評に耐えるだけでは、その先は分かりません。
AIに案を増やしてもらうだけでなく、残す案を選ぶ
以前は「責任が怖いから動けない」と考えていました。その後、AIが進化すれば、対応の負担も小さくなるのではないか、と考えたこともあります。
今回は、その将来を待つ話ではありません。今の自分の条件を、AIが出した案に当ててみたら、企画の形が変わったという話です。
まだ儲かる案が見つかったわけではない。でも、何となく「AIで何かできないかな」と考えていたところから、何を小さく試すかは少し絞れました。
AIに案を出してもらうことと、その案を引き受けること。その間にも、AIを使える工程があったんだなと思っています。
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