ブログを書くこと自体が、AIを使う練習場になっていた

ブログ運用

※この記事は2026年5月時点の実運用メモです。
AIツールやブログ運用のやり方は今後も変わっていくと思うので、その時点の記録として読んでください。

最近、ブログを書く意味について少し見方が変わってきた。

最初は、ブログは記事を増やすためのものだと思っていた。

記事を書く。
公開する。
少しずつアクセスを増やす。
できれば収益化にもつなげる。

かなり普通に、そういうものとして見ていた。

もちろん、それは今でもある。
せっかく書くなら読まれたいし、ブログとして育てたい気持ちもある。

ただ、毎日AIを使いながらブログを書いていると、別の意味も見えてきた。

ブログを書くこと自体が、AIを使う練習場になっていた。

最初は、ブログは記事を増やすためのものだと思っていた

ブログを始める時、まず気になるのは記事数だった。

とにかく書かないと始まらない。
公開しないと積み上がらない。
ネタを出して、下書きして、投稿する。

そう考えていた。

だから最初は、ブログを書く作業を
「記事を増やす作業」
として見ていた。

でも、実際にやってみると、記事を書くまでの間にかなりいろいろな工程がある。

思いつきを残す。
音声メモを取る。
Obsidianのinboxに入れる。
Codexに整理してもらう。
下書きを作る。
GPTで違和感を見る。
最後に自分で判断して公開する。

ここで言うCodexは、Obsidian内のメモを読みながら下書きを作る役割、GPTは最後に違和感や読者目線を確認する役割として使っている。

こうやって見ると、ブログを書くというより、AIを使った一連の作業フローを毎日回している感覚に近い。

AIに材料を渡す練習になっていた

特に大きいのは、AIに材料を渡す練習になっていることだった。

AIにいきなり
「記事を書いて」
と頼んでも、なかなか自分の欲しい形にはならない。

何について書くのか。
どこまで自分が考えているのか。
何が実体験なのか。
どこはまだ迷っているのか。
過去記事とどうつながるのか。

こういう材料がないと、どうしても一般論に寄りやすい。

だから最近は、まずrawを残すようになった。

音声メモ。
GPTとの壁打ち。
Obsidianのinbox。
dailyの作業ログ。
workbenchの整理メモ。

こういうものをAIに渡せる形で残しておく。

これは、単なるメモ整理ではなく、AIに仕事をしてもらうための準備だった。

Codexに下書きさせるには、前提を整える必要があった

Codexにブログ下書きを頼むようになってから、前提を整える大事さもかなり感じるようになった。

Codexはファイルを読める。
Obsidianのメモも見られる。
inboxもdailyも確認できる。

でも、それだけで全部うまくいくわけではない。

どれが現役の候補なのか。
どれがrawなのか。
どれが公開済みなのか。
どれは内輪表現で、どれは公開していいのか。

ここが曖昧だと、AIも迷う。

だから、inboxを軽くする。
長いログはrawに逃がす。
使えそうなものはworkbenchにまとめる。
公開注意メモを残す。
dailyに作業履歴を書く。

こういう地味な整理が必要になる。

ブログを書くためにやっているはずなのに、気づけばAIに前提を渡す練習になっている。

GPTで確認することで、AIの出力を見る力も鍛えられた

もうひとつ大きいのは、AIの出力を見る力だった。

Codexで下書きする。
その後、GPTで違和感を確認する。
必要なら1文だけ足す。
言いすぎているところを弱める。
読者が知らない前提を補う。

この流れを続けていると、AIの文章をそのまま受け取るのではなく、
「どこを見るべきか」
が少しずつ分かってくる。

タイトルの約束に本文が答えているか。
一般論だけで終わっていないか。
自分の体験や判断が入っているか。
同じ意味の繰り返しが多くないか。
事実確認が必要なところはないか。

こういうチェックは、たぶんAIを使ううえでかなり大事だと思う。

AIに書いてもらう力だけではなく、AIの出力を見極める力も必要になる。

ブログは、その練習にかなり向いていた。

公開するところまで行くと、AI活用が現実になる

AIとの壁打ちだけなら、かなり気楽にできる。

でも、ブログとして公開するとなると少し違う。

読まれる前提になる。
間違ったことを書けない。
言いすぎた表現は直したくなる。
内輪すぎる言葉は抑える必要がある。

つまり、AIの出力を現実の成果物にする必要が出てくる。

ここが大きい。

AIに相談して終わりではなく、下書きにして、確認して、直して、公開する。

この一連の流れがあるから、AI活用がただの遊びで終わりにくい。

ブログは、AIを実際の作業に落とし込む練習場になっている。

ブログを書くことで、AIへの頼み方も少しずつ変わってきた

続けていると、AIへの頼み方も少しずつ変わってきた。

最初は、
「このテーマで書いて」
に近かった。

でも今は、もう少し分けて考えるようになっている。

まずinboxを見る。
今日の候補を出す。
タイトルの約束を確認する。
見出しごとに何を書くか決める。
下書きを作る。
最後に違和感を見る。

こういう流れになってきた。

AIに一発で完成品を出してもらうというより、工程ごとに役割を分ける感覚に近い。

これは、ブログ以外の作業にもかなり効くと思う。

資料整理でも、コードでも、Obsidian整理でも、たぶん同じだ。

AIに丸投げするのではなく、材料を渡して、途中で確認して、最後は自分で判断する。

ブログを書くことで、その型を毎日少しずつ練習している感じがある。

今のところ、自分にはこの練習場がかなり合っている

AIを使う勉強というと、もっとちゃんとした教材や講座をやるイメージもある。

もちろん、それも大事だと思う。

でも、自分には毎日のブログ運用もかなり合っている。

思いつきを残す。
AIに渡す。
下書きにする。
確認する。
公開する。
次の日にまたinboxを見る。

この繰り返しの中で、AIを使う力が少しずつ鍛えられている気がする。

大げさな話ではない。

でも、AIに材料を渡す力。
AIの出力を見る力。
自分の判断を残す力。
公開できる形に整える力。

このあたりは、毎日ブログを書く中で確実に触っている。

まとめ

最初、ブログは記事を増やすためのものだと思っていた。

でも最近は、それだけではないと思うようになってきた。

ブログを書くこと自体が、AIを使う練習場になっている。

音声メモをrawとして残す。
Obsidianに入れる。
Codexで下書きする。
GPTで違和感を見る。
WordPressに公開する。

この流れの中で、AIに材料を渡す力も、出力を確認する力も、少しずつ鍛えられている。

AIを使う力は、プロンプトだけではない。

何を渡すか。
どう整えるか。
どこを確認するか。
最後に何を自分で判断するか。

そこまで含めて、AI活用なのだと思う。

今のところ、自分にとってブログは、その練習場としてかなりちょうどいい。

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