※この記事は2026年5月28日時点の報道をきっかけにした実運用メモです。
※個別事件の是非や、警察・児童相談所の判断の適否を断定する記事ではありません。
※自分がAIやSNSとどう向き合うべきかを考えた個人的なメモです。
最近の報道を見ていて、どうしても引っかかったことがあります。
ChatGPTに相談したことがきっかけの一つとして報じられ、そこから児童相談所への相談、警察への通報、逮捕、釈放、辞任という流れにつながったとされています。
もちろん、報道だけでは分からないことが多すぎます。
実際に何が起きたのか。
相談時にどう伝えたのか。
児童相談所側がどう判断したのか。
警察がなぜそこまで動いたのか。
そこを外から断定する気はありません。
ただ、それとは別に、自分の中でかなり大きく引っかかったことがあります。
それは、今回の話がすぐに「ChatGPTが悪い」「AIに相談したからこうなった」という方向に流れそうな怖さです。
昔、「ゲームは頭に悪い」と言われていた
自分が子どもの頃、よく大人に言われました。
ゲームは頭に悪いからやめなさい。
でも、子どもながらにずっと引っかかっていました。
何がどう悪いのか。
どのくらいやると悪いのか。
ゲームの何が問題なのか。
そう聞いても、あまり具体的な答えは返ってきません。
目が悪くなる。
勉強しなくなる。
頭に悪い。
とにかくよくない。
だいたいそのくらいだった気がします。
それを聞くたびに、子どもながらに少し不自然だと思っていました。
たぶん、ゲームそのものを見ているというより、よく分からないものをまとめて悪者にしているように見えたのだと思います。
だから自分は、AIについても同じことをしたくありません。
AIが悪い。
ChatGPTが悪い。
AIに聞くから悪い。
そう言うのは簡単です。
でも、それだけでは何も進まない気がします。
SNSでも、結局「使う側」の話まで進みにくかった
SNSについても、似たようなことを感じています。
SNSが悪い。
スマホが悪い。
ネットが悪い。
そう言われることは多いです。
でも、結局かなり大きいのは、使う人間の問題だと思っています。
承認欲求との付き合い方。
投稿した先に何が起きるかを想像する力。
見られている範囲を読み違えない力。
その場のノリでやってはいけないことを止める力。
ここが育っていないまま道具だけ渡すと、かなり危ない。
SNSでは、迷惑行為、炎上、デマ、過激な発信が何度も起きました。
そのたびに「SNSが悪い」と言われる。
でも、その先の「じゃあどう教えるのか」「どう止めるのか」「どういう判断力が必要なのか」までは、なかなか進みにくい。
ここにAIが入ってくると、さらに厄介になると思います。
AIは、ただの道具より少し厄介だと思う
包丁のような道具なら、危険性は比較的分かりやすいです。
使い方を間違えれば危ない。
持たせる年齢や場面を考える必要がある。
使うなら、扱い方を教える必要がある。
ただ、AIはそれより少し厄介です。
AIは、ただ置いてあるだけの道具ではありません。
こちらが相談すると、もっともらしく考えて返してきます。
しかも、ただ答えるだけではなく、
次に何をすればいいか。
どこに相談すればいいか。
どういう手順で進めればいいか。
そこまで出してくることがあります。
正しく使えば、とても助かります。
でも、結果を想像する力がないまま、AIの答えだけで動いてしまう人にとっては危うい。
AIが怖いのは、答えを間違えることだけではないと思います。
結果を想像できない人に、行動に移せるだけの知識や手順を渡してしまうこと。
ここが怖いのだと思います。
今回の件だけを責めたいわけではない
今回の報道については、相談した側がそこまでの展開を想定できたかというと、さすがに難しかったようにも見えます。
ChatGPTに相談する。
匿名で相談できる窓口を知る。
そこに連絡する。
この流れだけ見ると、本人にとっては「相談したい」「話を聞いてほしい」という感覚だった可能性もあります。
その先でどのように判断され、どこまで現実が動くのかまで想像するのは簡単ではありません。
だから、今回の件を見て、相談した側を雑に責めたいわけではありません。
ただ、それでも今回のようなレベルでも、AIの答えが現実の行動につながり、本人の想定を超えて事態が大きくなることはある。
ここは、これから避けて通れないと思いました。
AIを取り上げるのは、もう現実的ではない
では、どうすればいいのか。
AIを使わせない。
子どもにAIを触らせない。
社会からAIを取り上げる。
それは、もう現実的ではないと思います。
検索もSNSもスマホも、完全には止められませんでした。
AIも同じです。
むしろ、これからはもっと自然に生活へ入ってくるはずです。
もちろん、AIの危険は個人の使い方だけではありません。
サイバーセキュリティや金融システムのように、社会インフラに関わる問題もあります。強いAIが脆弱性を見つける側にも、守る側にも使われるようになれば、個人のリテラシーだけでは済まない場面も出てきます。
ただ、この記事ではそこまでは広げません。
まず考えたいのは、自分や家族がAIとどう向き合うかです。社会全体の防衛の話に進む前に、AIの答えを自分の生活の中でどう受け止めるかを整理しておきたい。
だから必要なのは、AI禁止論ではなく、AIの答えを現実に移す前に何を確認するかを教えることだと思います。
それは、AIの使い方講座というより、判断力の話です。
この相談は、誰に見せるべきか。
AIの答えをそのまま信じていいのか。
行動したら、誰にどんな影響が出るのか。
自分だけで判断していい話なのか。
人間に確認すべき話なのか。
このあたりを考える力が必要になります。
子どもにスマホを渡すことも、同じ問題だと思う
これは自分の家でも他人事ではありません。
子どもがスマホを欲しがる年齢になってきています。
正直、まだ気軽には渡したくありません。
スマホそのものが悪いからではありません。
SNSやAIを使った時に、その先で何が起きるかを想像する力が、まだ十分ではないと感じるからです。
特に、承認欲求が強い子ほど、SNSでもAIでも、思わぬ方向に背中を押される可能性があります。
誰かに見てほしい。
反応がほしい。
不安を聞いてほしい。
すぐ答えがほしい。
そういう気持ちは自然なものです。
でも、そこにAIが入ると、かなり強い相談相手になります。
そしてSNSが入ると、相談や行動が一気に外へ広がります。
だからこそ、自分はAIを学んでいるのだと思います。
便利に使いたいからだけではありません。
これから子どもや周囲がAIを使う時に、
何が危ないのか。
どこで立ち止まるべきなのか。
どこから先は人間に相談すべきなのか。
それを自分の言葉で説明できる側に立ちたい。
その思いがかなりあります。
まとめ
今回の報道を見て、自分はすぐに「AIが悪い」とは言いたくありませんでした。
昔、ゲームが悪いと言われても、何がどう悪いのか分からなかった時の違和感が残っているからです。
ただし、AIをただの便利な道具として見てもいけないと思います。
AIは、結果を想像できない人にも、もっともらしい答えや行動手順を渡してしまう。
ここには確かに危うさがあります。
だから必要なのは、AIを悪者にして終わることではない。
AIを取り上げることでもない。
AIの答えを現実に移す前に、その先で何が起きるかを考える力を育てること。
自分がAIを学ぶ理由の一つは、たぶんそこにあります。
参考にした報道
– FNNプライムオンライン「巨人・阿部慎之助監督辞任 『時代物語っている』SNSに『チャットGPT』関連ワード 娘が手記で使用を明らかに」

– テレビ朝日「読売巨人軍の阿部慎之助監督が渋谷署から釈放 娘への暴行容疑で現行犯逮捕」

– FNNプライムオンライン「なぜ児童相談所は警察へ通報したのか?巨人・阿部慎之助監督の辞任を生んだ『ChatGPT』相談の盲点」

– ITmedia NEWS「被害長女がChatGPTに相談→児相に通報か 巨人・阿部前監督の暴行事件」

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– AIに任せる範囲と、自分で握る範囲を分けないと危ないと思った
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