・inboxを完璧に整理するより、次に触る順だけ決める方が続いた
Obsidian を使っていると、inbox の扱いはずっと悩みどころになりやすい。
とりあえず入れておける場所があるのは便利なんだけど、気づくとそこに何でも集まり始める。
自分も最初は、inbox をちゃんと整理できる形にしたいと思っていた。
できればきれいに分類したいし、後で見返しても迷わないようにしたい。
でも、しばらくやっていて分かったのは、完璧に整理しようとするほど逆に止まりやすい ということだった。
最近はむしろ、
「全部をきれいに並べる」より
「次にどれを触るかだけ決める」
くらいの方がずっと続いている。
最初は、inbox をちゃんと整理できる形にしたかった
最初に考えていたのは、いわゆる分かりやすい inbox だった。
何が入っていて、
どの話題に属していて、
何をどこへ移せばいいかが見えている状態。
そういう形にできれば気持ちいいし、運用も安定しそうに見えた。
でも実際には、inbox に入るものはそこまできれいじゃない。
- まだ考え切れていないメモ
- 一時的に置いておきたい話
- どこへ送るべきか決まっていないもの
- 後で記事になるかもしれない素材
- その日の思いつき
こういうものが普通に混ざる。
しかも、入れた時点では重要度も粒度も揃っていないことが多い。
だから、最初から完璧に分類しようとすると手が止まる。
「これはどこに置くのが正しいか」を考え始めた時点で、もう少し面倒になる。
問題は、散らかっていることより「次が決まらないこと」だった
しばらくして気づいたのは、inbox の本当の問題は、散らかっていることそのものではなかったということだった。
もっと困るのは、
- どれから触ればいいか分からない
- 何を今週動かすのか決まらない
- 保留のまま増えていく
この状態だった。
逆に言うと、全部が整っていなくても、
「次はこれを触る」
が見えていれば、意外と止まりにくい。
この感覚が自分の中ではかなり大きかった。
inbox を完璧に片づけることより、
今の自分にとって優先度の高いものを1つだけ前に出せることの方が、ずっと重要だった。
それで最近は、分類より「優先順位を決める場所」として見るようになった
そこで最近は、inbox を「整理棚」というより、
「次に触る順を決める場所」 として見るようになった。
要するに、完璧に分類するより、triage 的に見る感覚に近い。
とりあえず、優先順位だけ決めるやり方だ。
たとえば inbox を見た時に、
- 今すぐ触る
- 今週は保留
- 参照用に置いておく
このくらいに分けられれば、とりあえず十分だと思うようになった。
ここで無理に「最終的にどこへ置くのが正しいか」まで決めなくてもいい。
今必要なのは、分類の正しさより、次の動きやすさ だからだ。
この見方に変えてから、inbox を開くハードルがかなり下がった。
前は「ちゃんと整理しなきゃ」と思って重かったのが、
今は「とりあえず次に触るものだけ決めればいい」と思えるようになった。
巨大な1ファイルに戻さないのも、かなり大事だった
もう1つ効いたのは、inbox をまた巨大な1ファイルに戻さないようにしたことだった。
何でも1か所に集めると、その場では分かりやすい。
でも、量が増えると結局また見通しが悪くなる。
しかも、話題ごとの温度差も大きい。
- すぐ記事にしたい話
- まだ考え途中の話
- 後で見返せばいい記録
- 長期テーマに育つかもしれないメモ
こういうものが全部同じ場所にいると、inbox が「入口」ではなく「墓場」に近づいてしまう。
だから最近は、必要に応じてテーマ別に分けるようにしている。
ただし、ここでも大事なのは完璧な分類ではなく、
今の自分が触りやすい単位に分けること だった。
自分に合っていたのは、きれいさより止まりにくさだった
今振り返ると、自分が欲しかったのは、きれいに整理された inbox そのものではなかった。
そうではなくて、
- 開くのが重くない
- 次に触るものが見える
- 保留でも罪悪感が増えすぎない
- その後に topics や記事下書きへつなげやすい
このあたりだった。
たぶん inbox は、最初から完成形を目指すと苦しくなりやすい。
特に、考え途中のメモや、まだ言葉になっていないものまで入ってくるなら、なおさらだと思う。
だから今のところは、
「完璧に整理する」より
「次に触る順だけ決める」
くらいの方が、自分にはずっと合っていた。
地味だけど、このくらいの方が本当に続く。
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